釘を使わない宮大工の話
宮大工として仕事をしていると、「宮大工さんは、釘を一本も使わないんですよね」と言われることが多々あります。また、テレビなどで宮大工を取り上げる際にも、最初の説明として、「釘を使わない」という話が出てきます。もちろん、嘘ではありませんし、木造社寺建築の構造体は、宮大工としてのしっかりとした技術と経験があれば、釘を使わなくても建てる事は可能です。
しかし、正直なところ、「釘を使わない」ということについては、補足説明が必要になります。
そもそも、古い時代では、ボルトや建築金物などがありません。また、釘は貴重品で高価だったため、大工は智慧を使い、工夫を凝らし、高度な継手や仕口を駆使して建物を組上げたのです。また、野地板として竹を割り、縄で結んで瓦下地とした事例もあります。もちろん、その様な細工を今の時代に実施する事は技術的には可能なことではあります。
ただし、現在では、社寺建築を含め、ほとんどの建築物は建築基準法に基づいて建築確認申請を提出する必要があります。(小規模建築など除外される建物もあります)そのため、設計の段階で法律に適合するように考慮しなければならないのです。そして、現代の建築基準法には、「指定された金物を指定された場所に的確に取り付けること」が明記され、義務づけられているため、昔のように「職人の技による木組み」だけの構造で建てることは非常に困難なのです。
もちろん、例外的に法律の“しばり”を超えた事例もあります。東京の湯島天神の御社殿を総ヒノキ造りの木造で建立した時、「防火地域には木造は建てられない」という規制があったのですが、設計士や建築業者が様々な形で努力し、一年以上もの時間をかけて、「建設大臣認定第一号」として特別に木造建築が許可された事例は有名です。
ただし、この事例にあるように、建築基準法に適合しない方法で認可を得るには、たとえば有名大学の権威ある教授の研究データをもとに、法律に適合する性能 (耐火・耐震等) を持っていることを実証し、申請し、許可を受けなければなりません。そのためには、建設にかかる工事費以外に、膨大な費用と時間を要します。ですから、実際のところ、多くの神社仏閣において、それだけの費用と時間をかけて、「釘を使わない」工法を実現することは、非現実的ではないでしょうか。
また、法律に従うことだけではなく、昨今では大規模な地震の頻発や、巨大台風による暴風等の天災についても備える必要があります。このような天災によって神社仏閣が倒壊したり、御神木が倒れたりした例もあります。そのため、耐震・耐風についても十分に考慮した構造にしなければなりません。
もちろん、「五重塔は免震構造だから地震に強い」という事実は今や海外からも認められています。その他の社寺建築についても「宮大工の技で造られ神社仏閣は地震に強い」とも言われていますし、それは事実です。
しかし、宮大工の技術に加えて、必要な場所に、法的に採用されている金物を取り付けることで、より強度の高い、安全な建物を建てることができるのです。
結論的には、建築金物を全く使わずに、日本古来の宮大工の技だけで神社仏閣を建てることは、技術的には可能です。しかし、工期・費用・建築基準法、昨今の自然環境など、様々なことを総合的に検討していくと、建築金物などもうまく利用しつつ、日本古来から伝わる宮大工の技を駆使し、流麗荘厳な外観を造り上げることも、現代の宮大工にとっては必要不可欠な技術ではないかと考えます。